ひながたり。

writing practice as practice flight

川上稔 「連射王」 - わたしの、最高のSTG

上下巻構成。上巻の終わり、初めて大連射をワンコインクリアした主人公の高村に向かって、彼のメンターである竹さんが語る。

「ゲームの王道はRPGに有ります。ゲームの知略はパズルゲームに、ゲームの俊敏は格闘ゲームに、ゲームの速度はレースゲームに有ります」

だが、

「ゲームの本質はシューティングゲームに有ります」

シューティングゲームが好きな僕は満を持して発売直後に購入した。当時はハードカバーだったけど、今では文庫版が出ている模様。残念ながら著者の他作品は読んだ事がない。

 

 

何に対しても、部活でやっている野球に対しても本気になれなかった高村は、初めて本気になれた自分を見つける。ゲームに対して。

……なれたんだ。

本気に、なっていた。

……だから――

なれたのだから、そこに喜び、ここから降りろ。

ゲームではなく、もっと、大きなものに本気になっていけよ。

だから、

……降りろ。

シューティングゲームは孤独な戦いだ。格闘ゲームのように対戦相手がいるわけではなく、またRPGのように時間さえかければ誰もが強くなれるというものでもない。プレイヤーは調子の良いときも悪いときも、その結果を一身に背負い、自分の実力と冷徹に向き合うことを要求される。ともすれば求道的な・苦行にもなりかねない行為を、それでも続けさせしめているのは、他でもないゲームに対する本気の気持ちだ。その本気はもはや学問やスポーツに対するそれと何ら変わるものではない。上記の場面、高村はゲームから降りようと一瞬自分に言い聞かせるが、結局降りない(降りたら話が続かないもんね ;-)。

 

 

読んだだけでシューティングゲームが上手くなるかというとそうでもない本書だけど、それでもシューティングゲーマーがニヤリとさせられる場面は多い。連射王をワンコインクリアした高村は、続く連射王2でファーストプレイ・ワンコインクリアを目指す。一応説明しておくと、ファーストプレイ・ワンコインクリアというのは、初見のゲームを(ほぼ)ノーミスでクリアする、程度の意味だ。初見のゲームなのだから、当然攻略も何もあったものではないのだが、それでも高村は前に進み続ける。どうすれば敵を速攻撃破できるか、どうすれば敵弾にやられないか、――

面の開始直後や敵ラッシュの一回目などは、敵一群目の射撃に対して確実に短距離誘導が出来る。二群目からは敵弾に追われることになるかもしれないが、一群目の弾丸を集弾させて画面を広く保てることは、あとのミスを無くす足しになるかもしれない。

それは、ほんの一パーセント、否、それ以下の足しだろう。

だが、高村はそれでも有用と考える。こういった技術と、そこから得られる勝利確率の積み重ねこそが勝つ実力に繋がるのだと。

 「どんな小さな努力でも、それをすることで、無限の結果が生まれてくる」アランの幸福論第27章をここで再び引用しよう*1

 

 

それにしても作者の表現力は素晴らしい。僕が書いたら「敵機を撃破した」とたった7文字で終わってしまうところを、何倍にも増幅して豊かに描写する。ゲーム体験なんてものは元来が同時並行で人間の感覚に訴えかけてくるものであって、だからこそ文章のような1次元構造には落とし込めないはずなのに、それでも上手いこと均してしまう能力には素直に驚かされる。あるいは広大なネットの海にはシューティングの攻略記事が文章として残っているけれど*2、こうした記事も自分では書ける気がまるでしない。ゲーム体験がなかなか文章化できないのである。

 

 

本書を読むととにかくシューティングゲームがやりたくなっていけない。忙しいときに手を出すなんてもってのほか。

 

FORTHシリーズ 連射王<上> (電撃文庫)

FORTHシリーズ 連射王<上> (電撃文庫)

 

  

FORTHシリーズ 連射王<下> (電撃文庫)

FORTHシリーズ 連射王<下> (電撃文庫)

 

 

お越しくださりありがとうございます。このブログについて