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ひながたり。

writing practice as practice flight

中島敦 「狼疾記」

虎になる運命を回避したら、今度は狼になってしまった。どうあがいてもバッドエンド。

ちなみに青空文庫で読めます。*1

 

養其一指、而失其肩背、而不知也、則為狼疾人也。

上記一節から始まる狼疾記は中島敦の作品。中島敦といえば教科書にも載っている「山月記」で有名だけど、個人的には今回取り上げる狼疾記のほうがわりと好き。その自尊心の臆病さから、虎にならない世界線を選択した主人公のお話。

 

父親の死を通して、主人公である"三蔵"は爾後どうやって生きていこうかと考える。

その時、彼は自分に可能な道として二つの生き方を考えた。一つはいわゆる、出世――名声地位を得ることを一生の目的として奮闘する生き方である。(中略)もう一つの方は、名声の獲得とか仕事の成就とかいう事をまるで考えないで、一日一日の生活を、その時その時に充ち足りたものにして行こうという遣り方(以下長いので略)

前者が「山月記」の李徴が選択した生き方だ。得がたいながらも得られる果実は上記引用にある通り。しかしそれは常に競争に晒され・プレッシャーを受け続け・一時も休まるときのない生活に身を置くことと引き換えのものだ。そして、もしそこまでしても果実が得られなかったら――どうなるかは言うまでもない。李徴は肥大化した自尊心に呑み込まれて虎になってしまった。

 

一方の三蔵は後者を選んだ。ぬくぬくと優しい時間が待っていて、これで虎になる運命を回避できたはずだった。――しかし彼を待っていたのは、いいようもない・やりきれない気持ちであった。

豊かであるようにと予定したはずの日々が何と乏しく虚しいことか。人間は竟に、執着し・狂い・求める対象がなくては生きて行けないのだろうか。やっぱり、自分も、世間が――喝采し、憎悪し、阿諛する世間が、欲しいのだろうか。

かくして三蔵は狼疾の人となる。

 

上記のくだりが個人的に刺さることこの上ない。自己の能力を純粋に信じきれればいいんだけど、それは周りにいる優秀な人間が許してくれなくて(正確には、許してくれないと自分が思い込んでしまって)、ともすればちょっと疲れたな、離れたいなという気持ちになることだってときたまある。反面、プライドとか諸々全部投げ出して隠れ棲んだところで、依然として自分と他人と比較して、あるいは最近流行りの承認欲求が不足して、結局苦しむんだろうなあ、ということは上記のくだりから容易に想像がつく。出世と隠遁の間を揺れ動きながら結論を先送りにしたまま、煮え切らない日々を過ごしているような気がしてね、もう何年になるかな。

 

第5章はもっとこわい。恐れ多くて引用できないというより、どこが大事かを考えても全部大事に見えてきて、全文に身につまされる思いがする。詳細は青空文庫で。

 

中島敦は33歳で早逝した。僕もこの歳に日々近づいていることをふと思うと、恐怖というか焦りというか、なんだろうね、形容しがたい感情が湧き上がってくる。

 

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

 

 

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