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ひながたり。

writing practice as practice flight

ラッセル 「幸福論」 - ねたまない

読書

三蔵*1や音楽が見える男*2が幸福になるためにはどうすればよかったのか。この問いに対して、哲学者のラッセルが簡潔に解を与えてくれる。

手に入る楽しみをエンジョイし、しなければならない仕事をし、自分よりも幸運だと(もしかすると、てんで誤って)思っている人たちとの比較をやめるなら、あなたは、ねたみから逃れることができる。 

ねたみは不幸の原因の1つということで、もしねたみから逃れられれば、不幸の原因の1つを取り除けるという理屈。ねたみに加えて、ラッセルは不幸の原因として全部で8つの項目を挙げている。あえて数学風に言うならば、8つの集合の論理和に属さない不幸の原因は空集合ということだ。なにをいっているのかわからないね。

 

ねたみの話は第6章にあるんだけど、第8章の被害妄想の話もとりわけ面白い。数学者らしく、4つの公理という形で被害妄想の適切な予防策を示してくれる。それはそうとして、久々に読み返してみたら色々と刺さってきて本当に痛い。

あなたがものを書くのは、ある思想や感情を表現したいというやむにやまれぬ衝動を感じるためなのか、それとも、拍手かっさいを浴びたいという欲望に駆られたためなのか。

以前に随分読んだはずなのに、ここの文章はすっかり忘れていた。おそらく前者である限り僕はブログなり書きものを続けられるだろうし、またそうでありたいと願っている。

 

著者のラッセルははじめ哲学者かと思っていたら、本職は数学者だったと知ってちょっと驚いた。しかも同時に論理学者でもあって、これまでの記事でも何度か言及してきた「論理哲学論考」の著者・ウィトゲンシュタインとも交流があったもよう。なんという多能人ぶり!

 

ついでに、以前に記事*3にしたアランの幸福論とは何が違うかというと、巻末の解説文にある通り。

『ラッセル 幸福論』の特徴は、アランのそれのように文学的・哲学的でもなく、ヒルティのそれのように宗教的・道徳的でもなく、人はみな周到な努力によって幸福になれる、という信念に基づいて書かれた、合理的・実用主義的(プラグマティック)な幸福論である点にあると言えようか。

文学的・哲学的なアラン、合理的・実用主義的なラッセルときたら、お次は宗教的・道徳的なヒルティになるんだけど、こちらはまだちゃんと読んでいないのでまた今度。

 

ラッセル幸福論 (岩波文庫)

ラッセル幸福論 (岩波文庫)

 

 

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