ひながたり。

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和田彩花 「乙女の絵画案内」

新幹線に乗ると本を読む時間・記事を夢想する時間が確保できて助かる。先日は発車時刻の数分前に急いで本屋に飛び込んだんだけど、あたりをつけていた新書のタイトルをすっかり忘れてしまったので、ぱっと目に入った本書を買ってみた。表紙買いであることは否定しません。

 

内容は著者の印象に残った絵画の紹介。日本画から西洋画まで、時代も遡って幅広くカバーしていて、知らない画家にも興味を持てたのは収穫。一方でひとつひとつの紹介記事ではもうちょっと踏み込んで欲しかった。まあ元原稿はWeb連載らしいので、それならばこのくらいの深さでも丁度良いのかも。

 

文中の挿絵には著者が覗いていて、三菱一号館美術館で撮影とある。美術館含めてこの界隈はわりと訪れる機会が多いので、なんとなく嬉しい。駅北側の丸善に行くといつも梶井基次郎の檸檬を思い出すんだけど、あれは京都の話であって東京ではないということを最近知った。

 

話を元に戻すと、著者が紹介している作品の1つに、クリムトの《接吻》がある。日本の尾形光琳を引き合いに出していて、その紹介の引用が以下。

また、余白を活かした琳派の絵には、宇宙的な広がりを感じるのですが、同じような感覚を《接吻》にも覚えます。永遠の流れのようなものです。

平面の場合、観る人が自分の想像力をかきたてることができるんです。琳派クリムトも、宇宙に引きずり込まれるような感覚が共通しているように感じます。

人間の想像力は無限大だ。うまく駆動すれば宇宙まで届く。そしてそこには現世にはない豊かさがある。想像力については以前にちょっと書いてた*1

 

 

もし僕が著者の立場で絵画を案内するとしたら、ミュシャの《四つの花》、レイトンの《母と子》をまず挙げて、あとは何だろうね、作者で選ぶとして会田誠だろうか。

 

ミュシャは本書でも《四芸術》が紹介されているけど。個人的には《四つの花》のほうが好みかな。とりわけ百合の花は良いもので、とろんとした表情の少女がただ立っているだけでさまになる。作品自体は1898年のものなのに、あまり古さを感じさせない、現代でも通じる格好良さを持っている。擬人化という前衛的な試みは最近に始まったものではなくて、100年前にすでになされていた、と。

 

レイトンは唯美主義の画家で、こちらも以前にちょっとだけ触れた*2。《母と子》は甘いモチーフをふんだんに取り込んだ作品。百合の花・幼子と母親・さくらんぼ・緩やかな服・柔らかい絨毯・怠惰な眠り・etc. それぞれの意味合いは考えない。作品を楽しむのにコンテクストは不要。数ある唯美主義の作品の中ではこれが一番好きだ。甘すぎて胸焼けしそう。

 

会田誠は、なんだか表現しにくいし、人によって合う合わないは顕著に出るんだろうけど、それでも彼が天才であることは論をまたないと思う。褒めるにしろに貶すにしろ、皆がなにかしらの関心を持たずにはいられない、という感じ。

 

あと番外でイラストレーターの仁村有志を。ALcotの処女作Clover Heart'sで知ったからもう10年か。いやはや長いもの。

  

 

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