ひながたり。

writing practice as practice flight

Pythonのおばけ

「影響力の正体」の第3章をつらつらと読んでいたら、以下の言葉を見つけた。

“愚かな”一貫性は、偏狭な心が化けたものである

この言葉に先立って、本文ではラルフ・ウォルドー・エマソンの名言とある。どこかで見たことあるなと思っていたら、Pythonのコーディングスタイルガイド*1にあったことを思い出した。

A Foolish Consistency is the Hobgoblin of Little Minds

(愚かな一貫性は小人物に憑いたおばけである)

日本語訳は確かにここ*2で見た気がするんだけど、今は新訳のページにリダイレクトされるもよう。

 

 

愚かな一貫性の恐ろしさは、取り憑かれたが最後、逃れるタイミングがわからなくなって、しまいには動けなくなるということだ。逃れるタイミングの図りづらさについては、前述のスタイルガイドにある通り。

But most importantly: know when to be inconsistent -- sometimes the style guide just doesn't apply. When in doubt, use your best judgment. Look at other examples and decide what looks best. And don't hesitate to ask!

(しかし、一番重要なのは、一貫性を諦める、スタイルガイドを適用しないタイミングを知ることです。迷ったときはあなたの判断に従ってください。他の例を参考にしながら、ベストに思える選択をしてください。そして、尋ねることを躊躇しないでください!)*3

スペースをどうするか、コメントをどうするか、命名規則をどうするか、…。凝り出したらキリがないのがこの世界の習わしで、だんだんと統一・維持する労力のほうが、コードを書くことそのものよりも大きくなっていく。そしてついに閾値を超えた労力は、強固な足かせとなって、書き手をその場から動けなくさせてしまう。

 

 

この問題は、自己満足や完璧主義との付き合いかたにも通じるものがあるかな。書いたコードが綺麗だねと、僕自身も他人に言われたことはあるけれど、それは真に合理的な一貫性に立脚したものだったか、それとも単に愚かな一貫性に取り憑かれただけのものであったか。

 

 

今では打開策として、おばけに取り憑かれるまえに一気呵成にコードを書き上げるようにしている。一貫性はひとまず脇に置いておいて、とりあえず動くところまでもっていく。一貫性はそれから考えても遅くないし、場合によっては一から作り直すこともままある。いきなり理想型に持っていくというのは、よほどの想像力が無い限り現実的ではないと思うのです。プログラミングのデバッグと一緒で、トライアルアンドエラーを繰り返すことで良い型に洗練させていくようにしている。これで少なくとも動けなくなることはないし、精神的も楽だと思います。うん。

 

 

「影響力の正体」を読んで、言葉がいかに怖いか思い知ったという話をするつもりが、いつのまにかPythonおばけがこわいおはなしになっていた。やんぬるかな!

 

影響力の正体  説得のカラクリを心理学があばく

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