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ひながたり。

writing practice as practice flight

山川方夫 「夏の葬列」

読書

「教科書に載っている文学作品はおしなべて面白くないと思っていたけど、この『夏の葬列』だけは面白かった」というような趣旨の新聞記事を、だいぶ前に見かけた記憶があって、爾来もう一度読みたいなと思っていた次第。教科書では読んだことがあったんだけど、記憶を辿って高校時代かなと思ったら、中学の教科書だった。こんな含みの有る作品は、当時はきっと十分には理解できなかっただろうなあ。

 

たった13ページの作品の中で、主人公の思考は現在と十数年前を忙しなく行き来する。そして度重なる偶然に一旦は解放され歓喜するも、最後にはこれまで以上に罪の意識に苛まれる。結局のところ、主人公はヒロ子さんだけではなく、その母親までも死なせてしまったことを知る、よりにもよって今日に町を訪れたばっかりに。物語だからこその鮮やかなシチュエーション。

――でも、なんという皮肉だろう、と彼は口の中でいった。あれから、おれはこの傷にさわりたくない一心で海岸のこの町を避けつづけてきたというのに。そうして今日、せっかく十数年後のこの町、現在のあの芋畑をながめて、はっきりと敗戦の夏のあの記憶を自分の現在から追放し、過去の中に封印してしまって、自分の身をかるくするためにだけおれはこの町に下りてみたというのに。……まったく、なんという偶然の皮肉だろう。

 

夏という季節は、タイトルにもある葬列であったり、あるいは物語背景としての敗戦であったりと、そういった結末とか終末のイメージを容易に想起させてくれる。なぜだろうね? 鬱蒼とした木々と、煩いセミの鳴き声と、うだるような暑さの中での鬱屈とした気持ちは、僕の中でありありと・手に取るように情景が思い浮かぶ。きっと60年前の終戦の日もこんな感じだったんだろうなあと、追体験する意味合いも込めて、8月になるとちょっと外に出たくなる。

 

夏の葬列 (集英社文庫)

夏の葬列 (集英社文庫)

 

 

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