ひながたり。

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森博嗣 「人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか」

第5章にある本書の結論が以下のとおり。

いずれにしても、大事なことは、「もうちょっと考えよう」という一言に尽きる。これが、抽象的思考に関する本書の結論といっても良い。あまりにも簡単すぎて、「え、それだけ?」と驚かれたかもしれない。

「え、それだけ?」とても簡潔な結論だけど、これだけだと短すぎるので、もう少し書いてみるよ。

 

 

第3章 抽象的な考え方を育てるには

章題にある問いに対して、著者は(読者が具体的な例に囚われないよう慮りつつも)6つの「手法のようなもの」を提示している。6つの内容は本書に譲るとして、その1つの処方箋に「自分でも創作してみる」というのがあって、そこの冒頭で述べられているのが以下。

感性で体験するものは、「解釈」や「理解」ではない。つまり、感じたものを言葉にしてしまうことは、感じたものの一面を具体化しただけで、全体のイメージではない。(中略)
抽象的にものを見ることができない人が、言葉に頼る。わからないままにしておけないのは、それだけ思考能力が衰え、単純化しないと頭に入らない、という不安があるためだろう。

ここを読んでみて、芸術だけじゃなくて漫画でもゲームでもそうだけど、他者のレビューを読んだだけでその作品を見た・わかった気になるのはあんまりよろしくないなって改めて思った。文章で書かれたレビューからは、あくまでも作品の一面しか現れてこないし、おまけにレビュアーの思考・経験・etc. といったフィルターを通って出てきてるわけだから、読者はそのレビュー越しに作品を“観る”ことを避けられない。*1やっぱり自分でも原典に当たらないと、本当の意味での体験はできないんじゃないかな。

それでも、この言葉というもの、感じたものの一面しか具体化できない不自由なツールではあるけれど、できうる限り全体像がイメージできるように、少なからぬ文章量をもって作品のレビューなり感想なりを構成できる人は、まったくもってすごいなと思うわけですよ。この漫画を読んでみたいとか、このゲームをやってみたいなという気持ちにさせられる。

ともあれ、上述の通り「自分でも創作してみる」のほかにも5つの処方箋が示されているので、興味があれば参照してみてね。

 

 

第4章 抽象的に生きる楽しさ

本章では著者が普段どんな生活を送っているかの具体的な様子が示されています。すごすぎて参考にならないというか、また違った意味で参考になるのだけれど、なかでも衝撃的だったのは以下の部分。

僕は、メモというものは一切取らない。これは、研究でもそうだった。メモを取ろうと思った瞬間に、つまり、言葉にしようとすることで失われるものが多すぎる。どうせ最後は言葉にするのだ。メモよりは、本文を書くほうが言葉の数が多いので、失われるものは最小限になる。発想したときメモを取るくらいなら、発想しながら本文を書いたほうが効率的だ、と考えている。

研究に関する事柄は、ぜんぶ頭の中で憶えておくのかな? もしくは「メモを取らない」というだけで、研究ノートはちゃんと取っているのかな? まあこの著者に限っていえば前者な気がしてならないが。

ちなみに研究分野にもよるのかもしれないけど、研究でやったことを実体として残すためのラボノートというものがちゃんとあって、その記入に際しては厳密なプロトコルが定められています(例えば記事*2や書籍*3が参考になる)。研究不正を疑われたときにその疑惑を晴らすためだけじゃなくて、特許係争なんかの場面では先発明主義に則って極めて重要な証拠となりうるので、無いよりかは有ったほうが断然良いと思います。

 

 

第5章 考える「庭」をつくる

著者が趣味の庭仕事を通して抽象的思考の本質に迫る章です。これまでずっと抽象的思考と、その効用について語られてきたわけですが、ここにきて論理的思考の重要性もまたクローズアップされます。

抽象的思考は論理的思考と具体的行動がセットにならなければ、問題を解決できない。この三つの中で、抽象的思考だけが、手法というものがないため、教えること、学ぶこと、伝達することが難しい。だから、一部の人ができても、大勢の人が苦手としている。そんな状況から、「抽象的思考が大切だ」と強調する本書のようなテーマが浮上するのである。

抽象的思考だけじゃなくて、論理的思考もまた大事だよ、ということ。著者は抽象的思考の塊のような本書を執筆する一方で、他方では研究者として論理的思考の塊のような学術論文を執筆しているわけで、抽象的思考と論理的思考は、互いに相反するものではあれど、決して両立しえないものではないよ、と。

あとがきによれば、本書の原題は『抽象思考の庭』だったらしい。なるほど人間の思考というものは、確かに有機的な・自然なものだなあと、自分でも文章をしたためるようになって改めて実感する。抽象思考を庭に喩えることについては、本章の「頭の中に自分の庭を作る」の節がとてもわかりやすくて、自分の言葉で改めて語るのも難しいくらいだ。あえて1箇所だけ引用させてもらうとすれば、まあ楽な道はそうそうないよ、ということでお後がよろしいか。

学び方、考え方といった具体的な手法を数々取り入れたところで、それはその場限りの、つまりお金を払って庭師さんに作ってもらった庭園であって、自分が作り上げたものではないため、やはり次第にアイディアは枯れ、土地は痩せてくる。毎日こつこつと雑草を取っている(抽象的な思考を続ける)人の庭には、どう頑張ってもかなわない。

 

人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか (新潮新書)

人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか (新潮新書)

 

 

*1:ここではネガティブな文脈で書いちゃってるけど、もちろんレビュアーらしさを活かした良いレビューだってある

*2:ラボノートの書き方

*3:理系なら知っておきたいラボノートの書き方 改訂版―論文作成、データ捏造防止、特許に役立つ書き方+管理法がよくわかる!

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