ひながたり。

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石川博品 「四人制姉妹百合物帳」 読んだ

「サロンの仲間は姉妹のように愛し合うんだ」

 

四人制姉妹百合物帳 (星海社文庫)

四人制姉妹百合物帳 (星海社文庫)

 

 

随分久しぶりに小説読んだ。冒頭の引用は本の帯に書かれてる文句、これだけでもう魂が揺さぶられてやまない。

いちおうネタバレ注意です。

 

 

お嬢様学校が舞台の本書、百合種(ユリシーズって読む)というサロンに1年生が入るところから話が始まる。本のタイトルにある通り、百合種のメンバーは4人で、"長女" の御厨杜理子と "次女" の佐用島紗智、そして "三女" の時岡有希奈がいるところに、前述の1年生・田北多恵が末っ子として加わる。僕がこれまで触れる機会のあった百合作品*1、そんなに多くないけど、たとえば少女セクトのように2人だけの関係性だったり、あるいは複数人が登場しても、ゆるゆりのように上下関係も姉妹的な空気も薄いものが多かった。なので本書のような姉妹という明確な上下関係があって、しかも複数人が登場するというのは個人的に新鮮だった。

そして他人以上家族未満の疑似姉妹って、結構居心地いいんじゃないかなって思う。友達ほど遠すぎず、かといって家族ほど近すぎず、お互いに愛を与えながらも、重くなり過ぎない。サロンという設定、いまいち馴染みが無いけど、こじんまりしたサークルみたいなものかなって想像してる。学校のクラスという括りよりは明らかに狭くて、それが親密感や居心地の良さを生む、というのはなんとなくわかる。

 

 

そして長女の杜理子に感情移入しすぎてやばい。杜理子が抱いている、世界に対する漠然とした恐れは、作中では教師や、自分よりも小さい子供に対しても具現化してる。

彼女はあまり社交的な性格ではなかった。むしろ人と交わることに対して臆病であるといってよかった。授業中、先生に当てられたりすると、緊張して何もしゃべれなくなってしまう。その形のよい眉の間に深いしわが刻まれ、長いまつげが伏せられ、半ば開きかけていた唇が固く引き結ばれるのを見ると、彼女を指名した教師も、その決然たる沈黙にこちらを咎める意思がこめられているのを感じてか、それ以上追求することをしなかった。

「百合種」を見つめる少女たちは、杜理子たちの制服をそのまま縮めたようなものを着ていて、たいへんかわいらしいが、杜理子は彼女たちの間を通りすぎるのに目を伏せてしまう。自分でも情けなく思うのだが、杜理子は子供相手でも人見知りしてしまう癖があった。子供嫌いというわけではないけれど、いざ知らない子供と接するという段になると、どうしても気おくれする。成人していなくても人は人だ。

臆病で潔癖で、だけど自分でもそれをよしとしない。考えてるようでその実なにも考えてなかったり、あるいは居心地の良い場所に浸って、この時間が永久に続くことを願い終わることを恐れる感覚、わりと自分にも切迫して感じられる。これはフィクション作品だからいいけど、現実でそれやり続けるとさすがにまずくて、逃避の度合い上がってくる。

 

 

あと文章表現、泉鏡花的な耽美さ感じる。全体のストーリーなんて放り出して、ぱらぱらと眺めて、部分の美しさに浸っていたいとさえ思う。百合種の4人で温泉旅行に行って、杜理子と紗智が一緒に温泉に入る場面だったり、あと卒業間際に杜理子と紗智がキスする場面の表現、美しすぎて心に刺さる。

体に体を、唇に唇を重ねると、冷たかった。お湯の中でふたりは、同じ温度を持ったまま融け合えずにいた。

糸を引くほどの唾液から離れて杜理子は紗智の髪に顔を押し付けた。涙が浸み透り、地肌がにおい立った。

引用はしないけど、剃毛の場面とかもこういった表現に乗せられると、うっかり上品なものに感じざるを得ない。石川博品という作家、こういうの得意なのかと思って他のラノベクズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門 (ファミ通文庫)」も読んでみたら、こっちは全然違った作風で驚いた。いろいろと深い。

 

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