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ひながたり。

writing practice as practice flight

尾崎翠 「第七官界彷徨」 読んだ

読書 考えごと

雑 感

読了後に冒頭部分を振り返ると、驚くべきことに本作の内容をたった二文であらわしてて、この小説がかなり周到なつくりになっていることに気付かされる。

よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあいだに私はひとつの恋をしたようである。

かねてから読みたいと思ってた青い花、最近になってようやく読み終えたんだけど、第51話、最終話1つ前の話で、そのタイトルが第七官界彷徨だった。当初は青い花の世界観を表した造語で、厨二心がくすぐられるかっこいい単語だと思ってて、でもあとになって調べてみたら、尾崎翠の小説のタイトルだったことが判った*1。引用があれば原典に当たりたくなる性はあいも変わらず、文庫本が岩波文庫河出文庫から出てて、河出文庫のほうが表紙が綺麗だったのでこっちを買って読んだ。

 

書いてたら意図せず青い花のネタバレになってしまったので、ご注意ください。

 

 

 

内 容

本書の主人公、うら若い女の子で、彼女の1人称視点で物語が描写される。タイトルにもある第七官、人間の五官と第六感を超えたところにある感覚らしいんだけど、彼女はそこに響く詩を書きたいと願って日々勉強してる。こんな感じで面白い子だけど、それ以外の登場人物もみな変な個性を発揮していて、精神分析や苔の恋愛を研究してる兄弟だったり、音楽学校の浪人生の従兄弟だったりする。

 

小説、章という概念がなくて、だらだらと進んでいくというと言い方悪いけど、それでもAの話をしている最中にBがさりげなく出てきて、次の場面ではBが話題になるなかでCがさりげなく登場して、次はCが…という感じで延々と続いていく。この技法もしくは構造は巧いと思う。

そして最後の場面、女の子がくびまきを一つ買ってもらったというところで、そういえば序盤でくびまき買ってもらえてなかったことを思い出し、そして冒頭にあったひとつの恋とはこれだったんだなと、伏線回収できてめでたい気持ちになれた。

 

小説の構造、著者自身による解説「『第七官界彷徨』の構図その他」*2を読むと、当初は円環構造を計画していたけど、諸々の事情で直線構造に変わったとある。少し長いけど引用。

劈頭の二行を削除したことは、最初の構図の形状をまったく変形させる結果を招きました。最初の意図では、劈頭の二行は最後の場面を仄示する役割を持った二行で、したがって当然最後にこの二行を受けた一場面があり、そして私の配列地図は円形を描いてぐるっと一廻りするプランだったのです。それが、最初の二行を削除し最後の場面を省いたために、結果として私の配列地図は直線に延びてしまいました。 (p. 179)

当初僕はこの「劈頭の二行」というのが、この記事の冒頭で引用した部分だと思っていたんだけど、よくよく調べてみるとどうもそうではなかった。つまり初出の作品の劈頭には、この本には存在しない二行が備わっていたということらしい。

 

それでも、劈頭の二行が削除された本書の構造であっても、上で書いたひとつの恋というキーワードで冒頭と巻末つながってくるから、円環構造は完全には喪われていないと思う。げんに151ページで、「私の恋愛のはじまったのは…」と続いていることからも、この柳浩六が出てくる場面が、ひとつの恋を描写していることがわかる。

 

で、第七官が一体何かということについては、結局語られずに終わる。このあたりは解説の人もやきもきしながら説明してて、作中でヒントとなる2つの部分を以下に引用してみる。

そのとき二助の部屋からながれてくる淡いこやしの臭いは、ピアノの哀しさをひとしお哀しくした。そして音楽と臭気とは私に思わせた。第七官というのは、二つ以上の感覚がかさなってよびおこすこの哀感ではないか。 (p. 38)

彼の心理にもこの大空は、いま私自身の心が感じているのとおなじに、深い井戸の底をのぞいている感じをおこさせるであろうか。第七官というのは、いま私の感じているこの心理ではないだろうか。私は仰向いて空をながめているのに、私の心理は俯いて井戸をのぞいている感じなのだ。 (p. 100)

すなわち解説の人の言葉を借りれば、第七官とは「二つ以上の感覚が融合し交錯する不可思議な心理状態」かもしれないし、「既成の上下感覚を円環のうちにつなぐ、身体感覚の変容」かもしれない、とのこと。これらの解釈を踏まえて少しばかり考えてみる。

 

 

考 察

青い花の第51話のタイトルが「第七官界彷徨」になってるのはなぜか。ここでは登場人物の心理と、物語構造の2つの観点から考えてみたい。

 

第51話で描かれているのは卒業式である。冒頭、あきらは3年前の入学式を回想しつつ、まわりのお祭りムードとは裏腹に、どこか冷静な気持ちを抱いて卒業式に臨む。式の後でふみたちと合流し、一緒に砂浜へ。途中足がつったあきらはふみに介抱してもらい、その合間に二人はお互いの気持ちを確かめ合う。そしてふみとあきらのモノローグが入って終了。

砂浜に書かれた「卒業おめでとう」の文字を目にしてよびおこされる感傷、そしてこれから離ればなれになるふみに介抱してもらう、足に触れてもらう触感。これら2つの感覚の重なりがもたらした、もの悲しい感覚を第七官になぞらえたのではないかな。まさに解説で述べられている前者に相当するもの。

 

そしてもう1つ、青い花という物語自体が、円環構造、もしくはそれに近い構造を持っていることを指摘しておきたい。第1話の入学式に対応して第51話で卒業式が描かれ、しかもその対応は、第51話冒頭の入学式の回想シーンで強調される。加えて、最終話に出てくるあきらの台詞、

「ふみちゃんはすぐ泣くんだから……」

と、その後に続くモノローグは、明らかに第1話にあるそれらに呼応する形になっている。物語のラストに向かって進んでいるつもりが、いつの間にか第一話を彷彿とさせる、そんな円環構造を本作になぞらえてタイトルにしたのではないかな。

 

 

余 談

本作、青い花に限らなくて、クラナドのことみルートの夢の内容にも関係してるらしかった。クラナド遊んでた*3当時に本書の存在を知ってたら、間違いなく読んでたと思う。

 

第七官界彷徨 (河出文庫)

第七官界彷徨 (河出文庫)

 

 

*1:これに限らず、青い花の各話タイトルはすべて小説・戯曲・映画などからの引用になってる

*2:文庫本に併録されてる

*3:Key 「CLANNAD」 - 10年越しの英語版 - ひながたり。

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