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ひながたり。

writing practice as practice flight

サリンジャー 「エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに」 読んだ

読書

はじめに

本作、ナイン・ストーリーズに収録された物語のうちの一編で、原題は "For Esme with Love and Squalor"。僕は野崎孝訳の新潮文庫版で読んだ。副題にある汚辱というのは、英語の原題だとsqualorとなっていて、英英辞典*1を参照すると "dirty and unpleasant conditions" とある。1周目は半分寝ながら読んでたせいもあって、物語のsqualorみがいまいち掴めなくて、ただエズミの明晰さとしとやかさ・かわいさだけが印象に残った。それから何周か読み直してやっと意味がとれるようになって、構成の妙に感心したのと、冒頭に読み戻って "私" がまだ生きているとわかったとき、救いというと大げさだけど、ほのかな温かみの読後感が残った。

 

 

前半の内容

第二次大戦中の話。ロンドンへの出発を前にして、降りしきる雨に孤独感を掻き立てられた私は、町の中心部にある教会へと向かう。教会で歌う合唱隊の子供たちを眺めているうちに、私は1人の少女に惹きつけられる。彼女のくせのない金髪、繊細な額、倦怠の色のにじんだ目、そして一番きれいな歌声。教会を去って喫茶店に立ち寄ると、ほどなくして先刻の少女も喫茶店に姿を現す。私に気づくなりこちらに向かってきた彼女は、つとめて冷静にふるまおうとする私に向かってしとやかに告げる。『わたしがあなたのところへ参りましたのはね、ただもう、あなたが、とーっても淋しそうだなあって、そう思ったからですわ』『名前はエズミっていうんです。苗字を含めた正式の名前は、今はお知らせしないでおきますわ――

 

こうやって書いてみると、主人公が少女に出会うのにいかにもありがちなフォーマットだけど、それでいて文体には品の良さがあって、実際エズミ良い。しとやかさ、明晰さもしくは明確さ、あるいはウィットに富んだ会話、少しの背伸び。『汚辱。わたし、汚辱ってものにすごく興味があるの』そして別れ際、私は彼女のために汚辱の物語を書くことを約束し、また彼女は私の無事を願う。『お身体の機能がそっくり無傷のままでご帰還なさいますように』ここで前半終了。

 

 

後半の内容

第二次大戦終結直後の話。見習曹長Xはまだ戦場に近く、だんだんとsqualorみが明らかになってくる。それはそれとなくほのめかす描写だったり、戦友との対話の中で示唆されたり、あるいはもっと直截的な記述だったりする。「だが彼は、すべての機能を無傷のままに戦争をくぐり抜けてきた青年ではなかった」エズミの手紙は顧みられることなく、1年ほど経てようやく開封されたは良いものの、無事を願う彼女の思いも虚しく、しかも幸運のお守りにと同封された腕時計は壊れていた。そんな数々のsqualorに苛まれながらも、それでも曹長Xは生きてるし、快い眠気も覚える。そこにはまだ、きっと希望は残っているのだ。「エズミ、本当の眠気を覚える人間はだね、いいか、元のような、あらゆる機――あらゆるキ―ノ―ウがだ、無傷のままの人間に戻る可能性を必ず持っているからね」

 

汚辱のなかに感動があるというのはいささか不思議な感じはするけれども、しかしこの物語にはたしかに、心をその向きへと動かす力がある。なぜそのような力があるのか、巻末の解説では本作含めた九編の物語構造がもう少し詳しく述べられていて、読者の分析を助けてくれる。まあ僕にとっては物語の全体構造はともかく、個々の場面のエズミの美しさを堪能できただけで十分だった。サリンジャーの作品は今回ほぼ初めて読んだけど*2ナイン・ストーリーズは作者自選の珠玉の九編ということで、しかも短くてすぐ読めるからおすすめです。

  

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

 

 

*1:http://www.oxfordlearnersdictionaries.com/

*2:だいぶ前にライ麦畑でつかまえてを読んだけど、内容は完全に忘れてる

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