ひながたり。

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森博嗣 「作家の収支」 読んだ

はじめに

内容、タイトルの通り作家としての森博嗣の収支を語っていて、全4章構成。第1章ではメインの収入、原稿料と印税が売れた冊数と一緒に示される。第2章で述べられるのはそれ以外の収入、たとえば講演会やサイン会その他諸々からの収入。第3章は収入とは逆に作家の支出、そして第4章はこれからの出版について。僕は(少なくとも現時点では)作家を目指していないこともあって、前半部分は参考程度の流し読み、一番面白かったのは第4章とあとがきだった。

 

 

安定したパフォーマンス

読んではじめて知ったことが2点あって、ひとつは森博嗣作品のなかで100万部以上売れた本、いわゆるミリオンセラーは1冊もないということ。一方でアマゾンでは売れまくって、10年間の販売部数が日本の作家のなかで20位以内に入った(そして殿堂入り作家になった)というのがもうひとつ。この2つの事実が森博嗣作品の売れ方の面白さを端的に示していて、すなわち作品としてはマイナではあるけれど、マイナな読者には確実に刺さり続けるということ。大当たりはなくとも常に安定したパフォーマンスを出し続けるのがプロフェッショナルだと個人的には考えていて、それができるように日々悩んでるわけだけど、個人的に理想形だと感じているパフォーマンスの出し方が、あとがきに書かれている森博嗣のそれだった。

 

デビューして今年(2015年)の4月で19年になる。その間に国内で印刷出版した本は、278冊、総部数は約1400万部、これらの本が稼いだ総額は(中略)

あのときがピークだったというほど売れていた期間もないし、どの本がもの凄く当ったということもない。第1章の印税収入の推移で示したとおり、ほとんどコンスタントに利益を挙げていた。引退して仕事を減らしたところ、収入も半減した。つまり、仕事量に比例しているということである。

 

前にもブログに書いてたけど、繰り返しの積み重ねから生まれる安定感を大事にしていきたいと考えてて、一日単位で分量を決めてコントロールするというのが個人的に合っていたというのが以前の記事*1。締切直前での火事場の馬鹿力に頼らないのは、年齢とか諸々の事情から、短時間に爆発的な力がもはや発揮されにくくなりつつあるということも一因ではある。まあこのあたりは人それぞれの相性や嗜好が大きそうだから、そう声高に主張することでもない。そしてパフォーマンスを出し続けるうえで大切なのが継続、一作書いて終わりにするんじゃなくて、短いインターバルで繰り返すこと。これもそれなりに納得感がある。だからこそげんに定期的に書いているわけで。

 

もっとも大事なことは、多作であること、そして〆切に遅れないこと。

常に新作を出すことが作家の仕事の基本といって良いだろう。

 

 

思考の型

あと面白かったのがまえがきにある森博嗣の世間の認識10項目のうち9番目と10番目。残り8項目の詳細は本書を参照して欲しい。

 

9 サインというものをしない。<手で字を書かないので>

10 〆切に遅れたことはない。ただし、3カ月以内に〆切がある仕事は断る。<時間を守るのは社会人として最低限のマナー。どんな仕事でも、3カ月くらいは考えたい>

 

サインをしないことについては、関連して興味深い一節があったので引用しておく。認知特性でいうところの視覚優位、しかも文章に落としこめるあたり言語優位も兼ね備えてるんだろう。

 

小説の執筆は、僕の場合、頭の中の映像を見て、それを文章に写す作業である。

 

僕自身は書かないと考えられないたちなので(思い込みかもしれないけど)、一切書かないいうのはにわかには信じがたい部分があって、それでどうやって考えとかアイデアとかまとめるんだろうって疑問に思う。けど視覚優位者はむしろ書かないのが当たり前なのかもしれないし、あるいはそれが著者の比類ない作家たる所以だといえばそれまでなのかもしれない。〆切については3ヶ月という具体的な・そして相当な長さの時間を確保するやり方は画期的だったので真似したい。僕自身を振り返ってみると、3ヶ月前から予定を立てるなんてのは非常にまれな出来事で、もうちょっと計画的に生きたいと思うし、計画性を持ちたいと願ってる。

 

 

自分の新しさを信じる

終わりに刺さったのがあとがきにあった一節で以下引用。

 

デビュー以来、すべての仕事を通して、僕が最も意識していることは「新しさ」である。新しさを生み出すこと、新しさを見せること、それが創作者の使命である。「使命」というと格好が良いが、もう少しわかりやすく表現すれば、「意地」だ。それが、それだけが、プライドを支えるもの、アイデンティティなのである。

 

森博嗣はもともと大学の研究者だけど、おそらくそこに由来するであろう矜持が感じられる箇所。研究者の本質がそもそも新しいものを生み出す、そういう仕事のはずなんだけど、最近の自分はそれができてない感じで少しの葛藤がある。いうなれば0から1を創り出すべきところを、最近では1を1.1にするような開発ばかりしているような気がしてて、しかもそっちのほうが自分にとってはむしろ合っているのんじゃないかという疑念もある。合う合わないは別にしても、前に進むのにどちらが楽かというとこれは後者だと思う。すると自然と楽な方向にながれてしまいがちだけど、でもそれでは新しいものは作れないよと。

 

自分が良いと思えば、その新しさで作品を作る。案の定、みんなが批判するだろうけど、そんなことを気にしてはいけない。自分の理屈を信じて突き進めば、そのうちに賛同者がぽつぽつと現れ、いずれ本物の「新しさ」として認められることにもなるだろう。

その場かぎりでも良いから、自分が考えた理屈に縋って、「正しさ」そして「美しさ」を目指して進むこと。

 

真に新しいものは、旧きものたちからの抵抗も大きいだろう。自分の「正しさ」「美しさ」を信じて進むしかない。いつかはなにかが実るだろう。それが何物かは、きっと未来が示してくれる。果実の実るその日まで、「最適の健闘を!」

 

 

余談、あるいは健闘を最適化するまでの健やかなる闘い

「じゃあ、二十分後に滑走路で」山際が言う。彼は大きな溜息をついた。「最適の健闘を…」(from スカイ・クロラ (中公文庫)

「翠芽にするか? それとも散香?」彼は僕に尋ねた。「もちろん、散香です」僕は即答する。「わかった。最適の健闘を」(from ナ・バ・テア (中公文庫)

「では、最適の健闘を」萱場は立ち上がった。僕も立ち上がって敬礼をした。(from ダウン・ツ・ヘヴン (中公文庫)

「最適の健闘を」甲斐の横に立っていた男が言った。僕は黙って敬礼だけ返す。(from ダウン・ツ・ヘヴン (中公文庫)

「では、今後も、最適の健闘を」甲斐は、片手を差し出した。僕はその意味に気がつくのに時間がかかった。(from フラッタ・リンツ・ライフ―Flutter into Life (中公文庫)

「元気?」草薙は息をもらす。「最適の健闘を」「最適の健闘を」「お元気で」「ああ、わかった」(from フラッタ・リンツ・ライフ―Flutter into Life (中公文庫)

「ご心配、ありがとうございます」「また、かけるよ」「はい、私も」「最適の健闘を」(from スカイ・イクリプス―Sky Eclipse (中公文庫)

電子書籍だとこういうネタ拾いが捗るので便利。

 

 

作家の収支 (幻冬舎新書)

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