読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひながたり。

writing practice as practice flight

ブログ作って3年経ってた

考えごと

はじめに

ブログ、2014年の2月に開設だけしてて、けれど5月の初投稿記事までしばらく放置してた。2014年の2月に何があったかというと、ALcotの新作Clover Day'sがそろそろ発売されるよということで体験版が公開されてて、しかもツイッターで感想つぶやくと何か抽選当たるよという話だった。当時の僕はそれに乗っかろうとして、ならばちゃんと感想書いたらもっと当選確率上がるんじゃないかと安直に考えて、ちょっと長めに感想書いた。それを投稿しようと思って作ったのがこのブログだった。

 

さて、ここまではこれまでの振り返り記事*1*2でも書いた通りなんだけど、こうして振り返る機会が来るたびに、当時から過ぎた年月の長さには驚かされる。文章を書き続けてきたことでいくつかの発見、それは概ね良いことであったけど、思考の整理が進み・少しは論理的に物事を考えられるようになり・そして知らない世界にも触れることができた。その一方で、あまりにも長くブログに時間を割きすぎた結果、ここに存在する人格と現実世界の人格とはもはや不可分になりつつあるのと、記事を書くのに費やした時間の裏返しでコードを書く時間は確実に減っていたのだった。これまでの振り返り記事ではブログ開始以前の原初の草稿を引用してきたけど、もうストックは存在しない。なのでここで新しく書くことにするけど、なんにせよ書き続けてれば何かしら良いことあるよ、ということが言いたかった。

 

 

意識せずともできていたこと:継続すること

ペースは時期によって変わるけどだいたい1週間に1記事くらい投稿してきて、それは強い意志を持ってそうしてきたわけではなく、単に書くことの居心地が良かっただけであった。ブログ開始当初に書いた目標、物語とかゲームの感想を書けるようになりたいというのは今でも変わっていないし、また文章を論理的に淡々と綴ること――それが最終的には論文を上手く書くことに繋がれば良いとの希望的観測もあり――ができるようになりたいという気持ちもあった。そこで目標を達成する手段としてブログという媒体を運良く見つけられて、しかもそれが運良く性に合っていたということだろう。

 

 

意識せずともなってしまったこと:現実世界の人格と不可分になること

居心地が良いということはつまり自分の素の部分が出るということで、このブログにある人格と、現実世界の人格とはもはや不可分になりつつある。人格とまでいうと言い過ぎかもしれないけど、少なくとも表出される思考のレベルでは違いがなくなってきていて、リアルで何か尋ねられたらブログの記述通りの回答をすると思う。それくらいにはこのブログには思考の削ぎ落とされた芯の部分が残っているし、そしてそれらはブログで文章にしたからこそ得られたものでもある。

 

 

意識してたらできていたこと:よるところの文体を見つけ出すこと

自分にとって書いていて疲れない文体を見つけること。これは去年の振り返り記事でも書いた通りで、これまでに意識して色々な書き方を試してきたけど、最終的にこのあたりに落ち着いた。客観的に言語化すると恥ずかしみがあるけれど、その文体とは読んだときの音のリズムを大切にし、飾った修辞を使わずに手の届く範囲の言葉を使い、そして地味に淡々と書くことである。硬めになるのはそういう気質なので仕方がないんだと思う。僕が語りたいゲームというテーマは、ともすればこの硬さが似合わない領域かもしれないけど、逆にこの硬さで書くことでちょっとしたペダンチックさを醸し出せるのが良い。

 

 

意識してたけどできなかったこと:長めの記事を書くこと

2000字程度の文章をぱっと書くことについてはそろそろ目的を達成している感じもあって、次は書ける文字数を増やすことがしたかったし、そういう宣言も緩やかながらしていたけど、でも実際には出来ていないのだった。昔よりかはずっとましにはなってきているものの、記事を書くのにはまだ時間がかかっている。

 

hina747.hatenablog.com

 

これまで書いてきた記事のなかで、長く書いたなという実感があったのはアマツツミの感想記事*3と達人プログラマーの再読記事*4だけど、アマツツミは夏休みだったからできたし、達人プログラマーは年末年始休みだったからできたのであって、平時にこうした長い記事を上げるのはなかなか難しい。最終的には10000字くらいの評論、例えば詩と批評の本ユリイカに載っているくらいのやつを書いてみたいけれど、上で挙げた2つの記事ですらまだ5000字にも届かず、いつ到達できるのかの見通しはまだ立たない。

 

 

意識してやっていたこと:閉じた感想を書くこと

物語の感想を書くときに他作品を引用せず、その作品世界だけで閉じるように書く態度。これは以前に読んだ記事、もうだいぶ前に読んだものですが、それにインスパイアされたものです。

 

eroge-pc.hatenablog.jp

 

引用元で言われている「外在的文脈」がなくても語れるだろうということへの賛同と信念、そしてただその作品だけと向き合いたい思いからここに至る。何かの作品に触れたとき、他所の作品を引っ張ってきて「〇〇っぽい」と書くのは楽だけど、ではその〇〇っぽさとは何なのか? その実体をその作品だけから演繹してきたらどうなるのかを、なるべく具体化できるように心がけて書いてきたつもり。

 

 

意識してしなかったこと:役立ちを追求すること

そもそもが発信できるだけの役立ちを持ち合わせていないというのもあるけれど、やはり書くことは少なからず自分を削り取っていくものであって、そして役立ちに関してはより多くを持っていかれるから、それはあえて避けながらやってきた。この辺りは以前の記事にも書いた通り。

 

hina747.hatenablog.com

 

あとは、どうせ役立ちを発信するのであれば匿名ではなく実名でやりたい、そして現実世界の自分の功績もしくは業績にしたいと考えてしまう部分があるのが正直なところ。ネットで見かける匿名での役立ち発信活動はとても崇高だし、またそれらには僕自身も数限りなく助けられてきたのだけれど、それをいまの自分がやるのにはどうしてもハードルが高いのだった。

 

 

あとがきにかえて:だが、コード書きは最後はコードで語らなければならない

今年のはじめに達人プログラマーについての記事を書いてみて、やっぱり僕はプログラミングをなしとげたいしそして達人を目指したいのだろうという思いを再確認させられた。普段の仕事に忙殺されて、少し前まではコードを書くことからも遠ざかっていたけど、今年に入ってからは日々の記録のおかげもあってほぼ毎日継続できている。ここでもう少しコミットし続けたい気持ちがある。僕が語るのは究極的にはコードを通してでありたく、そうするとこのブログのエフォートは自然と下がってしまうだろう。

 

ただしバランスは大事だという予感がしていて、よしんばきりが良いのでここでブログをお休みしますといっても、しばらくすればまた何か書きたくなって、再び戻ってくるだろうという気がしている。なのでこの場所は残しておくし、あるいはこういう感傷的な・半ば決意じみたことを書いておきながら、来週にはしれっと何かの記事(願わくば本かゲームについてでありたい)を上げているのかもしれない。ということでALcotとはすっかりご無沙汰な昨今、当時から3年経った節目に記事にした。ALcot、いつの間にかまた新作を出していて、僕はまだ遊んでない。

 

よめがみ My Sweet Goddess! ORIGINAL SOUNDTRACKS

よめがみ My Sweet Goddess! ORIGINAL SOUNDTRACKS

 

 

お越しくださりありがとうございます。このブログについて