ひながたり。

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【読書】『夢の叶え方を知っていますか?』(森博嗣)

はじめに

本書、出だしだけ読もうと思って読み始めたら思いのほか面白くて、半分くらいまで一気に読み進めてしまった。本書が取り扱っている夢とは、夜寝ているときに見るやつではなくて、将来そうありたいと願う願望のほう。もし夢を叶える方法があるのであれば、きっとみんな知りたがるだろうし(僕もそうだ)、タイトルはいかにもそれを教えてくれそうなものになっている。けれどもそこは著者である森博嗣のこと、本書にはよくある自己啓発書じみた内容は一切無い。あるのはどこまでも深い自己内省と、日々の地道な積み重ねだけである。

 

大事なことは二つある。いずれも、夢を実現させた人に共通することだ。

一つは、自分の夢を知っていること。

そして、二つめには、それをなるべく早く実行することである。

 

 

 

あなたの夢は、本当にあなたのものなのか?

見出しは本文からの引用ですが、本書からまず感じられるのがこの問いかけです。

 

夢をテーマにした本書、その刊行に先立っては「みんなの夢がどんなものなのか、具体的なデータを集める」ことを目的にアンケート調査が行われていたらしい(僕は読むまで知らなかった)。そして本書でも述べられているとおり、その設問はどうやら以下のようになっていたもよう。これらの設問からなるアンケートが「ネット上の本好きが集まるサイト」でなされて、757人から回答を得たとある。
 

第一問 あなたに夢はありますか?(あれば、その内容も)

第二問 その夢に対して現在具体的になにかしていますか?

第三問 その夢はどれくらいさきに実現できそうですか?

 

こうして得られた多くの"他人の夢"が本書では紹介されているんだけど、夢の話を真面目に語る、あるいは聞く機会というのはリアルではなかなかないから、他人がどういう夢を持っているかの情報を見られるのはそれだけでも面白い。そしてそうした夢の一つ一つに対する著者のコメント、これが「はしたない行為」であることは著者も承知の上でやっていることなんだけど、なんとも情け容赦のない突っ込みになっているのがまた面白い。回答者の夢に対する率直な物言いが見ていて痛快である一方で、自分自身もまたこうした隙だらけの夢を持っていないかと我が身を振り返る。

 

他人の夢が小気味よく捌かれていく、そうしたなかで見えてくるのは、それが本当に自分が「見たい」夢になっているのか、他人に「見せたい」夢になってはいないか、ということ。高級ななにがしかが欲しい、遠くのどこそこに行きたいというのは、それを成し遂げた自分を他人に見せることで、他人から評価されるためのものになってはいないか? 本書はそうした夢の根本を問うてくる。

 

ようするに、夢の本質とは、自分を楽しませることだ。自分を縛り付けるために夢を目指すのではない。いつもこれを思い出そう。

 

 

30年、ないしは50年間耐えうる夢

そして前述のアンケートの第三問、これが夢の時間的なスパンを問うものだけど、ここで筆者は多くの人が数年から5年程度でしか夢を考えていないことを指摘し、もっと長いスパンで夢を考えることを勧めている。もっと長いスパンというのは具体的な数字でいうと、30年とか50年とかいう長さになる。

 

回答で多かったのは、「数年」「五年」というもので、「十年」よりもずっと多かった。(中略)しかし、僕が認識している「夢」とは、だいぶニュアンスが違うな、という印象を受けた。僕の場合、その時間スパンのものは、「夢」ではなく、「予定」か「計画」なのだ。「夢」といえば、少なくとも三十年、若い方なら五十年くらいさきへの見通しなのではないか、と僕は考えている。

 

5年でもなければ10年でも足りず、30年、50年の長さで考える夢とはどういうものだろうか? ちょっとやそっとでは達成できないなにか。高級ななにがし、遠くのどこそこという夢では、この先30年を耐えられるだろうか。三十年後の世界*1がSFになるように、30年後のありたい姿を想像するのは相当に難しい。これは漠然としたものにならざるをえないのかもしれなくて、でもそれでもいいとのことであった。

 

具体的である必要はない。抽象的な目標で良い。だいたい、こんなふうになりたい、というイメージを持つことがまず必要であり、幾つかの具体的な候補を思い浮かべ、また、そのために必要な条件が幾つかリストアップできるようになるだろう。そして、今すぐにできることをそのリストの中から選んで実行する。そうすることで、あなたは一歩前進し、見通せる先が広がる。より広い「展望」が持てるようになるのだ。

 

ひとつの具体例がまさに著者の子供の頃からの夢、「自分の庭に小さな鉄道を建設する」ことになりそうである。鉄道の敷設を個人宅でやってしまう、このくらいのスケール感で30年間構想を温め続け、行動し続ければ良いということ。

 

ふと思い当たった50年越しの夢、最近流行りの人工知能なんかがもしかすると当てはまるだろうか。ディープラーニング、日本語では深層学習というのは最近とみに盛り上がりを見せているけど、その根底にある理論、ニューラルネットワークはもう半世紀以上も前に提案されたものであった。しかしそう簡単に事が運ぶわけもなく、この分野は過去に2度の冬の時代を経験している。そうした中でも潰えることなく今日の盛り上がりがあるのは、諦めずに夢を持って取り組み続けた研究者たちがいたからだろう。たとえ5年10年では上手くいかなくとも、もう少し長いスパンではきっと大成できる、そう信じて頑張った彼ら/彼女らの夢は、結果的には50年耐えたといえるのかもしれない。このあたりの歴史は以下の書籍を参考にした。

 

人工知能は人間を超えるか (角川EPUB選書)
 

 

 

 

地道に一歩ずつ進む

そして第4章では夢を実現するための方法論が述べられていて、けれどまずは夢がない人へのフォローが入る。「私にはこれといって夢はない」という人、これは自分も少し当てはまるのかもしれなくて(だからこそこうして取り上げるんだけど)、そういう人はその状態から早く脱却するようにとの主張がある。少し長いけど引用。

 

(筆者註:「私にはこれといって夢はない」という状況には)二通りあるだろう。一つは、現在の生活にそこそこ満足できている、幸せを感じている、この状況が持続することを願っている、という場合だ。このような人に僕が言えるのは、「今のうちに次の夢を育てたほうが良い」ということである。おそらく、そのうちになんらかの不安に襲われることになるからだ。(中略)順調なときにこそ、将来について考えて、今のうちに少しでも準備をしておいた方が賢明である。

 

そしていよいよ具体的な方法論になるわけだけど、それは体調を管理するとか、スケジュールに余裕を持つとか、まあ言ってしまえばありきたりなことばかりが並べられている。でもその徹底ぶりが半端ないのがこの著者らしさであって、なにか別の突飛なやり方を試すのは、こうしたありきたりなやり方を森博嗣並みに極めてからでいいんじゃないのと思わせてくれる。あとはそのなかのひとつに「キリが悪いところで終わる」というのがあって、これはなるほどと思う。以前にも方々で述べてきたとあったけど、でも僕が見たのは本書が初めてだった。

 

これら具体的な方法はすべて一言で言ってしまえば、「ものすごく地道に一歩ずつ進む」ことを後押ししてくれるもので、それ以上の奇抜さはない、けれど結局のところ、一足飛びに夢を成就する魔法なんてなくて(それこそ夢の技術だ)、日々の地道な積み重ねでしか成し得ないんだろう。幸いにして単調な・けれど健やかな日々を積み上げていく*2ことには手慣れているから、林の中の象のように、求めるところは少なく、悪をなさず、孤独に歩めたらそれはきっと素晴らしいこと。

 

今日、あなたは夢のために、何をしたか? 明日は何をするのか?

いつもそれを自分に問うことが、少なくとも僕が言える一番の「夢実現の方法論」である。

僕は、毎日なにかしている。体調が良いときも悪いときも、一歩でも良いから前進する。何ができるのかを考え、考えたことを順番に実行に移す。

この方法以外で夢は実現できない、と僕は思っている。

 

 

注釈とか

最後の一節は去年の暮れに観てた『イノセンス』からの引用で、元はブッダの言葉だそう。監督つながり、あと本書の著者つながりで、『スカイ・クロラ』も久しぶりにもう一度観たくなってきた。

 

イノセンス スタンダード版 [DVD]

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スカイ・クロラ (通常版) [Blu-ray]

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