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ひながたり。

writing practice as practice flight

【読書】『グスコーブドリの日記』(桐沢十三)

宮澤賢治の『グスコーブドリの伝記』ではなく、それをもとにした創作漫画の『グスコーブドリの日記*1』。しかし冊子の後ろ半分には原作である『伝記』も載っていて(しかも挿絵入り)、一粒で二度美味しい。

 

 

はじめに

同人サークルのチョコレート・ショップ、僕はこのサークルがかつて発売したiPhoneケース*2を使い続けてはや4年目になるのだけれど、新刊の自転車カタログ*3を買いに久しぶりにCOMIC ZINまで出向いた。発刊されたのがもう一ヶ月くらい前の話で、売り切れてないかがちょっと心配だったけど、いざ行ってみると無難に平積みで売っていた。

 

安堵しつつふと眺めた棚で見つけて、その表紙のやわらかさと、あと原作である『伝記』にも惹かれるところがあったから、これも何かの縁と思って買ってみたのが本書だった。買ってみてまず目を通した桐沢日報、これは『日記』の世界観あふれるペーパーなんだけど、いわく「幸村誠プラネテス』で知りました」とあったのには少し驚いて、というのも僕が原作の『伝記』、あるいは宮澤賢治作品に触れたきっかけもまたプラネテスであったからなのだった。こうしてプラネテスで繋がった不思議な縁、そして読んだ『日記』に良さがあったのでこうして書くわけだけど、これもまた何かの縁になれば良い。

 

 

前半:創作漫画

前半の漫画、登場人物はみなハムスターとして描かれていて、けれどイーハトーヴの世界観では違和感がない。人物たちの台詞は原作をそのままなぞる形で改変は無くて、それでも無理なく場面が繋がっていたので読みやすかった。桐沢日報の裏面で作者が技術に言及していることからもわかるように、この物語、あるいは宮澤賢治という作家は技術をひとつの軸に持っていて、そこに由来するだろうか、表紙にある飛行船の精巧なディテールには思わずわくわくさせられて良さがある。漫画のページ数としてはそんなに長くはなくて、それは小説全体が漫画になっているのではなく、一部の場面は意図的に外してあるとのこと。

 

本書の影響で、プラネテスで『伝記』が引用されている箇所をもう一度読みたくなったので読んでみる。件の場面は第4巻にある。

 

プラネテス(4) (モーニングコミックス)

プラネテス(4) (モーニングコミックス)

 

 

改めて読んでみて面白かったのは、亡くなった後輩のヤマガタがロックスミスのことを「現代のグスコーブドリなんだよ」と評した一方で、ロックスミスもまたヤマガタのことを「グスコーブドリのような男だった」と評しているところ。つまりお互いがお互いのことを「グスコーブドリのようだ」と評しあっているのである。これはどういうことだろう。

 

研究所の先輩と後輩という間柄のうちに、ロックスミスはヤマガタもまた自分の同類であることを見抜いていたのだろう。単行本第2巻にある彼の独白、

「私が宇宙船以外 なにひとつ愛せないという 逸材だからさ」

からは、他者の愛はもとより他者そのものですら響くことはない彼の人格が読み取れて、そしてそれはヤマガタもきっと同じであった。続くロックスミスの台詞

「君(筆者註:ヤマガタの妹)も私もヤマガタ君の死に なんの影響も及ぼしていない」

と、さらに続くロックスミスの台詞

「君(筆者註:ヤマガタの妹)のその愛が 彼の心をとらえた事などないのだよ」

は、彼にしてみればヤマガタを的確に評した言葉だったのだろう。先輩後輩の関係にありながら、お互いの人間性が交わることはなく、技術を通してでしか両者とも語り得なかった。それは凡人にとっては寂しいことのように感じられるけど、彼ら天才たちにとっては、愛するものを語り合えるだけできっと幸せだっただろうし、ましてや愛するもののために殉じられるのであればなおさらだ。そしてさきに書いたロックスミスの独白で、宇宙船を技術に置き換えればそれはグスコーブドリになる。

 

とまあこんな感じで、この場面は結構印象的だったからいろいろと考えてしまう。それはプラネテスに対する個人的な想い入れの表れであって、振り返ってみるとプラネテスについてはこれまでにも何度か書いてきてた。作品そのものについて語るというよりかは、技術に対して言及しようとするとプラネテスが根底に現れてくる、そんな感覚。

 

hina747.hatenablog.com

 

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後半:原作小説

冊子の後半には原作の『伝記』が全文掲載されていて、前半の漫画で読んだ内容を追体験できる。読める文章は青空文庫*4にあるそれと同じだけど、余白の大きめな二段組のレイアウトと、味のある多くの挿絵からは、ウェブサイトや電子書籍の文章とは離れたアイデンティティが感じられる。とくに挿絵、二段組の真ん中に現れたり、あるいは上下段ぶち抜きで出てくるといった遊び心のあるレイアウトは電子書籍では難しくて、その点では紙の書籍にまだ一日の長があることを実感する。

 

プラネテスの影響もあって『伝記』自体は以前に電子書籍で読んでいたのだけれど、あまり強い印象は残らずに話の内容は忘れてしまっていた。プラネテスでの描かれ方から察するに、原作ではブドリとネリの親密なやりとりが出てくるのかと予想していたら、実際には直截的な描写はなくて、ただそれをほのめかしながら本当にあっさりと終わる。けれど本書にある漫画はその見えない場面、兄妹の間にあったであろう感情をとても豊かに描写していて、原作の言葉の先に在る・漫画ならではの素晴らしさがあった。本書が描く技術に篤いブドリの姿、快活な職業人のありようを見たい方は是非読まれたい。

 

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