ひながたり。

writing practice as practice flight

任期、他

任期、あるよりもないほうがきっといいのは確かで、それでも任期ありの職を好きこのんで続けている先輩いわく、そのほうが緊張感があって良い仕事ができると。そのような神経の昂りのある・気の張り詰めた生活は、今はまだ良いにしても、歳を重ねてもなおそうあり続けるのは僕には無理だろうという気がしている。

 

それでも、任期あるいは期限がもたらしてくれるのはなにも緊張感だけではなくて、ゴールから考えることを手助けしてくれるというポジティブな側面もある。ということに最近は少しだけ気づいた。今のポジションで僕が貢献できるのは長くとも向こう数年ほど、そのあたりの未来になんとなく終わりがありそうだねということを今のボスとはそれとなく共有していて、そうすると研究計画は否が応でも終わりから考えることになる。

 

望ましいゴールを考えること、そこから遡っていつまでになにをすれば良いかを把握すること。ビジネス書や自己啓発書でしきりに説かれるこのやり方は、けれどうまくやっている人ならば考えていて当然なのかもしれない。でも僕は未来を考えるのが苦手なところがあって、その辺をわりと中途半端に・先延ばしにしてきたのだった。普段考えているところのもっと先、これまで想像する機会の乏しかった時間軸にデッドラインが置かれたことで、その遠さをこれまでになくまっとうに考えなければいけない時宜を得たということ。

 

普段ボトムアップで思考することが多いせいか、未来を真剣に考えるのは骨が折れる。来たるべき期限までに、どのような計画で、何を、どこまで明らかにしようとするのか。不確定性は当然残っていて、どこにどんなリスクがあるのか、どうやって対処すれば良いのか、ほぼすべてを頭の中だけで考えることになる。手探りにならざるを得ないのは不安でもあり、しかしそのあたりまで周到に考えてこそ、人事を尽くすという状況に到れるのだろうという微かな願望だけで進んでいく。

 

慣れない考えを巡らせるうちにぼんやり浮かんでくるのは、自分の知性も結局100年もたずに失われていくのだろうなということ。いかに科学が進歩しても、人間の寿命、ハードウェアの側で耐用年数に達してしまうのは如何ともしがたい。諸行無常の響きありと諦観できるほどの潔さはなく、ならばこの思考は書いて残そう、知能は人工知能に託して残そう、そうすれば時を越えていけるからと、何とかして足掻きたくなってしまう。そういう執着は傍から見れば滑稽に映るかもしれないけれど、しかし周りの目を気にしている場合でももはやなく。だからもっと頑張ってものを書くし、そして人工知能をやっていこう、おのが知性の失われない未来を求めて。

 

∞未来

∞未来

 

 

お越しくださりありがとうございます。このブログについて