ひながたり。

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絶望名言「中島敦」(11月6日(月)18時まで聴き逃し配信中)

NHKラジオ第1ラジオ深夜便で2017年10月30日4時台に放送された番組「絶望名言『中島敦』」を詩的私的に応援する記事です。聴き逃しサービスで1週間聴くことができるようなので、興味を持たれた方々におかれましてはご聴取されたい。

 

www.nhk.or.jp

 

中島敦、「山月記」で有名な日本の作家だけど、絶望名言での引用もまた山月記の一節から始まる。引用の詳細は番組に譲るとして、これらの引用が有名な作品からだけではなく、私小説(あるいはそれに準ずるものと思われる)である「かめれおん日記」「狼疾記」からもあったのが個人的に嬉しかった。これらの作品からの引用のほか、番組では「李陵」「和歌でない歌」にも触れられていて、特に後者はこれまでまったく目にしたことがなかったので新しい発見があった。彼の作品群における著作権はすでに消滅しており、番組で挙げられた作品はどれも青空文庫で読むことができる。

 

中島敦 山月記

 

中島敦 かめれおん日記

 

中島敦 狼疾記

 

中島敦 李陵

 

中島敦 和歌でない歌

 

番組ではSelf-handicapping *1、全力で努力することはなかなかできない、人は同じ状態でいるとだんだん不幸になる、幸福に生きるためには不快も必要、ポジティブシンキングでもネガティブシンキングでもなくほどほどが大事などについて語られている。あるいは狼疾記の冒頭の一節、これは以前にも引用して記事*2にしていたけど、

 

養其一指、而失其肩背、而不知也、則為狼疾人也。

 

というやつは、この作品を何度も読んでおきながらいまいちよく解っていなかった。けれど番組内ではこの一節がたとえ話をもって解説されていて、そうかそういうことだったんだと深く納得した。こちらについても詳細は番組を参照されたい。

 

僕も寡聞にして知らなかったことに、彼は相当に大変な人生を送らざるを得なかったらしい。幼少期に両親が離婚し、継母には虐められ、小説はうまくいかず、病気療養のために南国に行けばまた別の病気にかかるというふうに、相当にハードモードな人生であったようだ。他人から見ればそれがふさわしい人生なように思われても、その当人にとっては全然ふさわしくないわけで、その切なる思いは「李陵」の一節として現れる。その人間らしさ、あまりにも繊細な姿が読み手の心をとらえるのだと思う。その一方で「和歌でない歌」にみられるように、彼はその醜い人生を愛するほかになし、そして運命を知りつつもなお高みを目指す切なさよと毅然と詠みあげる。その姿はとても尊い

 

あるがまゝ醜きがまゝに人生を愛せむと思ふ他(ほか)に途(みち)なし

みづからの運命(さだめ)知りつゝなほ高く上のぼらむとする人間(ひと)よ切なし

 

この相反する感情が、どちらが前にあったのかはわからないけれど、願わくば後者、人生へのなお強い決意があるものであってほしい。たとえその人生が、どんなに理不尽なクソゲーであったとしても。

 

「その通り、人生なんてクソゲーだよ、楽しめる奴が勝者なのさ…」

 

「それがどんなクソゲーでも?」

 

「そう、例えどんなクソゲーでも、私達は配られたカードで戦うしかないんだから、まずは何でも楽しもうって気持ちで、手持ちのカードで精いっぱい楽しむしかないのさ…」

 

--Grisaia Phantom Trigger Vol.3

 

自らの運命を知りつつもなお高みを目指した、切ない彼とそして彼女らに幸いあれ。僕も切なくありたい。

 

 

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