ひながたり。

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【読書】「絶望図書館」(頭木弘樹 編)

 

経緯

絶望名言、ラジオ深夜便で放送されている人気コーナーだけど、10月下旬に放送された中島敦回に触発されて記事を書いていた。番組での語り手であった編者について調べていたら、ちょうど11月に新刊である本書が出版されるとのこと、そのまま勢いで購入に至ったというのが事の次第。ちなみに中島敦の絶望名言の様子はこちらの記事に詳しい:

hina747.hatenablog.com

 

 

内容

図書館的体験

タイトルにもある通り本書は図書館の体裁をなしていて、目次の後にはまずご利用案内が登場する。文章だけにとどまらない・この意表を突いた面白い体験を共有するのにページの写真でも載せようかと思ったけど、編者の方がすでにツイッターに画像をアップされている。

 

 

目次によれば閲覧室は4つ、加えて幻の短編が収納された閉架書庫が存在する。収録作品はどれも読んだことがなくて、どこを見回しても未知の世界が広がっていた。漫画も一編だけだけど閲覧可能になっていて、この図書館の懐の深さが窺える。ブラックジャックは結構読んでたつもりだったけど、この作品もやはり読んだことがなかった。

 

 

アンソロジー体験

このように本書はいわば図書館であり、また図書館であるがゆえに、それぞれの作品に対する編者の語りは多くない(一応あとがきには各作品の解説文が載っている)。いわゆるアンソロジーというカテゴリに属するもので、でも実のところ、本書を買って実際にページを開いてみるまで、僕はこの本がアンソロジーであることを知らなかった。

 

アンソロジー、もしくはそれに準じるものについては僕はあまり縁がなくて、著名な選者が複数の作者の作品を並べたものはもとより、卑近な例でいえば週刊漫画雑誌のたぐいも買ったことがない。これは意図してそうしていたというよりかは、自然とそうなっていたところがあって、おそらく自分の思考の癖なんだろうと認識している。あるいは狭く深くと広く浅くの二択を問われたら、これはほぼ前者を選んでしまう自信がある。しかし本書のあとがきによれば、「意外な作品と並べられることで、それぞれの作品のよさが引き立つのです」とのことで、広く浅くがアンソロジーの本質ではなく、相乗効果も期待できるようだった。

 

前述の通り全作品が初見だったから、上で述べられているよさの引き立ち具合についてはわからないけれども、それでも本当に様々な絶望があることが各作品を通じてわかったし、それは自分の世界の新鮮さを保つことにつながり、同時に自分の絶望リテラシーがそんなに高くないことにも気付かされた。自分一人で体験できる絶望にも限りがあるし、好き好んで体験するものでもないから、こうした作品群から絶望のリテラシーを高めておくことは大切だと思う。それはいつの日か出くわすかもしれない絶望に向かうにあたって、きっと助けになってくれるものと信じている。その作品群がリテラシーの高い編者によって選ばれたのであればなおさらだ。

 

ひとつ印象的だった作品を上げるとすれば、筒井康隆のSFがどうしようもないくらいの絶望感でためになった。もはや絶望を通り越して喜劇のような趣もあるけど、ちゃんとお互いがお互いの論理をもって事にあたっているのだからたちが悪い。これほどのワーストケースを知っているのと知らないのとではだいぶ世界観が変わってきて、作品冒頭の編者の言葉にもあるように、話が通じない相手が世の中にいることになんの不思議も感じなくなる。筒井康隆の作品はこれまでほとんど読んでこなかったけど、これを機会に少しあたってみるのも良さそうだった。経歴には『虚人たち』で泉鏡花文学賞を受賞したとあり、泉鏡花的親和性がある。

 

 

おわりに

こういうタイプの本は個人的には好きなんだけど、「こんな本を買ったよ」と他人と共有するのはなかなかハードルが高いとも感じている。好きだけど伝える相手もそう居ない、なればこそこうして誰かに届けるでもなく語りたくなる。中島敦の絶望名言を記事にしたのもそんな理由からだった。

あとがきの最後にあるように、来館者あってこその図書館でもある。是非多くの方々に訪れて欲しいもの。