ひながたり。

writing practice as practice flight

ブログ作って5年経ってた

かつての振り返りからまた1年が経った。

 

hina747.hatenablog.com

 

 
ブログ、2014年の2月に開設だけしてて、けれど5月の初投稿記事*1までしばらく放置してた。2014年の2月に何があったかというと、ALcotの新作Clover Day'sがそろそろ発売されるよということで体験版が公開されてて、しかもツイッターで感想つぶやくと何か抽選当たるよという話だった。当時の僕はそれに乗っかろうとして、ならばちゃんと感想書いたらもっと当選確率上がるんじゃないかと安直に考えて、ちょっと長めに感想書いた。それを投稿しようと思って作ったのがこのブログだった。

 

 

HTTPS化したらレイアウトが崩れた話

5年も続けているとさすがに何か新しいことを取り入れたくなってきて、そこで見つけたのがブログのHTTPS配信で、始まったのが1年くらい前のこと。

 

staff.hatenablog.com

 

「対象となるブログの範囲は順次拡大していく予定です」とのことで、とりあえずやってみようと後先考えずに変更してみたら、これまで使ってきたテーマのフォントが変わってしまった。それどころか、なんだか記事に妙な空白が目立つと思ったら、埋め込みのリンクが結構な数で非表示になっていた。よくよく調べてみると、混在コンテンツ (Mixed Content) が悪さをしているらしい、というところまではわかった。

 

staff.hatenablog.com

はてなブログにおいてHTTPS配信の利用を検討される方は、記事やサイドバーなどにご自身で配置・掲載した外部サイトの画像や、広告・ブログパーツなどが、下記のようにHTTPShttps://であることをご確認ください。

 

これはやってしまったな…という感じで、しかしHTTPSからHTTPへと元に戻すことはできませんと書いてある。仕方がないのでデフォルトのブログテーマに戻し、余計なものを外して最低限の状態で放置しているのがこのブログの今の有様である。見る前に飛ぶ姿勢が却って災いした形で、技術的によくわからないところに、よくわからないまま突っ込むべきではない、というのは今回の件で学んだ教訓であった。

 

問題となっている埋め込みのリンクをやめて、テキストのリンクにすることでMixed Contentエラーは起こらなくなるのだから、記事のリンクを逐一直していけば良いというのは頭ではわかっている。げんに一部の記事では修正を施した。でもひとつひとつの記事に対してリンクを直していくかというと、そのモチベーションはなかなか湧いてこないというのが正直なところで、古い記事を手入れするよりも、新しい記事を書く方が面白いし、やる気も出るのだった。

 

 

HTTPS化で東方を思い出した話

それでふと思い出したエピソードが、東方風神録に存在していたバグ魔理沙の一件だった。このバグはゲームバランスを破壊するレベルの深刻なバグにもかかわらず、当時の公式サイドからは何のアクションも無かった。今になって改めて調べてみたら、有志による修正パッチはあるものの、現状の最新版 (ver 1.00a) でも修正されていないらしい(というか風神録については修正パッチそのものが出ていない *2)。

 

wikiwiki.jp


この公式サイドの姿勢の是非はともかくとして、しかし不具合だけ見れば単にパラメータの打ち間違いのような簡単なバグにも思われる。当時リアルタイムでこの件を眺めていた僕は、すぐ直せそうに見えるのにどうして直さないのかと素朴に疑問に感じていた。しかし何も作らなかったかつての自分とは異なり、こうして文章を書くようになった今なら、当時の神主の気持ちを1パーセントくらいなら想像できる(気がする)。つまり古いものを手入れするよりも、新しいものに取り組む方が面白いのだ。旧作にあるバグを放置して新作にかかりきりになるほどに、真新しさに対するモチベーションとは高いものだし、その逆もまた然り。ただし無料公開ではなく有料なのであれば話はまた別で、そこでは他人からお金を取ることの責任もまた考える必要があって、この一件に対する僕の気持ちは当時から揺らぎ続けている。

 

HTTPS化した結果、2つ目のブログをデプロイした話

命名にまつわる話

という感じで、行き当たりばったりのHTTPS化裏目に出てブログが半ば使いものにならなくなったこと、それに増えてきた記事をそろそろ整理したいというのも少し感じつつあって、このあたりが転機だと思って新しいブログを作った。

 

tl.hateblo.jp

 

ブログ名はこのブログ(旧)から言葉遊びで韻を踏みつつ、新しいブログも結局のところは文章の練習なわけで、いつか書きたいコンテンツが現れたとき、その雛形となる文章を書き溜めておくところにできれば良い、という気持ちで命名した。ドメイン名にあるアルファベット2文字は、雛形書庫を英訳したtemplate libraryの頭文字より。


ちなみに英語名は「動かない大図書館」を超訳(かつ韻を踏んだ)で、すでにお気づきの通り東方シリーズのパチュリー・ノーレッジへのリスペクトに他ならない。パチュリー、昔はそれほど好きじゃなかったけど今ではわりと好き。でもかつての東方香霖堂ではあまり活躍しなかったので残念。彼女はずっと図書館に篭っているおかげで、香霖堂に居る森近霖之助とはエンカウントしないのだ…

 

hina747.hatenablog.com

 

以上、命名を語る機会はそうないので書いてみたけど、命名の流儀というか雰囲気は昔から変わっていないつもり。

 

hina747.hatenablog.com

 

 

方針にまつわる話

新しいブログの方針のようなものとして、「狭く深く・自分とは切り離した話・本論・本筋」あたりがうっすらと存在している。ただしそれだけだと息苦しくなるだろうという気がなんとなくしていたので、ブログ(新)を作ってからもブログ(旧)、つまりこのブログも消すことなく残しておいた。このブログでは「広く浅く・自分に寄った話・余談・些末」あたりがなんとなくキーワードにあって、例えるならばRebuild.fmのaftershow的なノリで運用を再開した。さすがにaftershowというとやや直截的に過ぎると思ってpostfaceとしている。prefaceに対応するpostfaceという表現はあまり一般的ではなく、しかしそれはこのブログにありがちな衒学性の裏返しでもある。

 

hina747.hatenablog.com

 

古いほうのブログも残しておいたのは結果的に正解だった。ブログ(新)では拾いにくい話題、もしくは広がりきらなかった "はぎれ" であっても、ブログ(旧)で拾い上げて記事にできるのは楽しい。そうしたはぎれの寄せ集め記事でも、これまでに書き貯まっている古い記事へのリンクで立体感を持たせられるのも良い。これらの記事はそれ自体でひとつの形をなしつつ、読者登録してくださっている方々のための新ブログへの導線でもある。いつもありがとうございます。

 

まあ上手くいったところがある一方で、当初の想定どおりにいかなかったところもある。当初はもっと狭く深くやろうと思っていて、それは森博嗣と東方、それに2、3の美少女ゲームブランドのゲームレビュー、そのくらいなものかと考えてそれらをタグ名に振った。しかし実際にやってみると、百合アニメ、知的生産、そしてポッドキャストとまあ色々と書きたいことが広がってしまい、タグがほとんど機能していないのが現状である。

 

そして更新頻度、1年間やってみて10記事程度しか上げられず、もう少し書くことができれば良かった。それでも2カ月くらい間隔が空くと何かしら書きたい気持ちが出てくるということ、それは書かない期間も続かないし、書き続ける期間もまた続かないということであって、数年単位でブログを書き続けてわかってきた大事な知見のひとつであった。

 

 

けなすレビューは難しい話

このブログでは基本的に対象に対してポジティブなことしか書いていなくて、それは貶す内容を書かないように意図的にしている部分もあるけれど、その多くは巧く貶すのが難しいことに由来している。以前に読んだ『小説家という職業』という本が、このことを教えてくれた。

 

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 褒める言葉は、自己を隠した装飾的なコミュニケーションになりがちだが、貶す言葉は、ボクサでいえばパンチを繰り出すためにガードが下がった状態、つまり自己をさらけ出す瞬間に似ている。それを発する本人の人間性が一番よく見えるし、僕はそこに興味がある。――森博嗣『小説家という職業』 p. 71

一般に、防御をしながら攻撃することは難しい。品格を保ちながら相手を非難することは非常に高い技量が必要であり、素人には荷が重いだろう。ネットでは「匿名だからできる」という悪口ばかりだけれど、それでも、ほんのときどき「珠玉の非難」というものがあって、これを見つけたときには感動を覚えるほどだ。そんな防御の固い攻撃ができる人は、確実にプロのもの書きになれる。――森博嗣『小説家という職業』 p. 88

 

このブログでは防御力を当社比3倍くらいに高めて書いているところがあって、でも何かを貶すにあたってはそのガードを下げなければならず、それは往々にして許容されない、というのが実情。

 

そしてもうひとつには、これも同じ本からの学びになるんだけど、どんなコンテンツであっても誰かしらはそれに救われているであろうこと、そうしたものを貶めるのは、少しばかり気が引けてしまうというのがある。

 

はっきりしている真実が一つある。どんなに酷い作品でも、誰かは褒めてくれる。どんなに優れた作品でも、誰かは貶す。人間のばらつきは、それくらい広い。だから、他者の評価をいちいち気にして、万人に認められるものを書こう、などと考えない方が良い。――森博嗣『小説家という職業』 p. 53


まあ単純に、自分が好きじゃないものに大事な時間を取られている場合じゃない、というのが一番大きいのかもしれない。これも本からの学びである。

 

私たちには寿命があります。それはつまり、書ける文章に限りがあるということです。その限られた時間の中で、面白くない本を紹介するぐらいなら、一冊でも面白い本を紹介した方が良い、と私は感じます。――倉下忠憲『BlogArts: 書評記事の書き方

 

そしてこの著者、倉下さんが書いた本が、このブログの初投稿記事につながってくるという円環構造。

 


書き続けて何かしら良いことがあったかという話

論理的に書けるようになった、文章のかたさやわらかさのコントロールが上手くできるようになった、という実利的な側面は置いておいて、最近では過去の自分が今の自分に手を差し伸べてくれる、あるいは救ってくれているという感覚をなんとなく覚えるようになった。そして今の自分もまた未来の自分を救うような存在でありたいと、良い方向へと向かわせてくれるもので、これは非常に強力な感覚である。なんにせよ書き続けてれば何かしら良いことあるよ、というのは実感するところだけど、それは自己の中で完結するものなのかもしれない。再三の繰り返しになるけれども、これも本からの学びである。

 

tl.hateblo.jp

こういった過去の「楽観」が、どう未来につながるか、という話をしている。過去の自分に感謝できるようになれば、次は、今の自分が未来の自分から感謝される存在でなければならない、と連想できるはずである。

現在自分が考えること、あるいは努力していること、行動していること、それらは、すべて未来の自分のためになるものでなければならない。今、やっておかないと、未来の自分からは感謝してもらえない。――森博嗣悲観する力』 p. 168

 

 

おわりに:いまだ語っていないこと

ということでゲームもろくに遊べてない昨今、ALcotが最近何してるのかも全くわからず、当時から5年経った節目に記事にした。ちょっと調べたら宮蔵さんが最近なんか放送してた。

 

www.youtube.com

 

ところでこの動画に写り込んでるThinkPadだいぶ古いなあ…7段配列キーボード(青いエンターキーがちらっと見える)に天板にあるThinkPadの刻印、あと追加されたLenovoの刻印、刻印は天板を開いたときに逆向き(松花堂弁当のふたは食べる人のためにあるものだ)。かすかに厚みのある天板の上縁、ACアダプターは旧式、追加の9セルバッテリーは無し。デザインはまだIBM時代のそれに近い。たぶん2011年モデルのX220だと思われる。インターフェース的にもこれが一致しそう:

 

thehikaku.net

 

当時はラップトップPCがウルトラブックへと潮目が変わる直前、ラップトップでも力こそパワーだった時代の最後の末裔であり、スペックも拡張性も高い。かつ、Lenovoはこれを最後に7段配列キーボードをやめてしまったので、キーボードの面でも恩恵を受けられた最後の機種になる。

 

なんでわかったかというと、僕もまた当時のThinkPad、僕のはT420sだけど、これを使い続けているからです。これだけ付き合いの長いThinkPadだけど、そういえばブログを5年間やってきて、ThinkPadの話題を出したのって1度*3きりだった。そんな感じで5年続けてもまだ語り足りない話題もあり、もうしばらくお付き合いいただければ幸いです。

 

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まだまだがんばるThinkPad T420sと初音ミクさん